ここで言うピックとは、フラットピックのことです。そして、私は普段HERCOのナイロンピックしか使いません。HERCOを知ったのは、今から40年以上も前のこと。ヤング・ギター誌の仕事で故ドック・ワトソンにインタビューした時でした。
彼の使っていたピックがHERCOのナイロンピック「HEAVY GAUGE」だったのですが、それまではミディアムゲージのような硬い弦に鼈甲のような硬いピックで弾いているという情報がまことしやかに流れていましたので、実はヘヴィーゲージとはいえ、他の素材より遥かに柔らかいナイロンピックを使っていることを知った時は非常にショックを受けたものです。
もちろん、私は頼み込んでドックから1枚貰うことに成功しました。ドックのギタープレイに心酔していた私にとって、それは何よりの宝物でした。当然、勿体なくて使うことなどできません。いや、実際には何度か使いましたが(笑)。
それまで、よくあるプラスティックやセルロイドのピック、そして鼈甲のピックを使っていたので、最初は違和感がありましたが、そのうち慣れるに連れ、このHERCOのナイロンピック以外を使う気は全くなくなってしまいました。そこで何とかして同じピックを手に入れたいと思い、日本中を探したのですが、どこにも売っていません。しかも、まだインターネットなど普及していない時代で、通販で探そうにも手だてがありませんでした。このHERCOは、便宜上オリジナルと呼んでおきましょう。
そうこうしているうち、ある時某楽器屋さんの店頭で新しいHERCO(ジム・ダンロップ)のナイロンピックを見付けました。色と素材は違っていましたが、とにかく比較的手に入りやすいこともあって、その後数十年にわたって使い続けてきました。ナイロンなので割れることはほとんど無く、減り(削れ)も少ないので、1枚あれば結構もちます。それでも、見付けるたびに買って100枚近く貯まってしまったのではないでしょうか(笑)。これを便宜上スタンダードHERCOと呼びます。
先述のように私はドックによってHERCOを知ったわけですが、ニール・ヤングやジミー・ペイジなど、特にロック方面のギタリストに愛用者が多いのも驚きました。まあナイロンですので、タッチ優先、ボリュームはアンプで如何様にでもなるエレキギターの方に、むしろ合っていると言えなくもありません。私の大好きなOrleansのジョン・ホールもHERCOを使っていたので(もちろん会った時に貰いました!)、アコースティックとエレキの両方でHERCOを使うことにいささかの迷いも生じませんでした。
そして3年ほど前でしたか、1960年代のモールドから再現したヴィンテージのHERCOが発売されたというではありませんか。
デザイン的にはオリジナルそのままでバリも少なくちゃんとしたピックですが、残念ながら素材が違っており、オリジナルのややセルロイドが混じったようなナイロンに対し、スタンダードのややビニールっぽいナイロンでかつ若干柔らかめです。しかし、これはこれでまた違った持ち味がありますので、やはり何十枚も買ってしまいました。
そして遂に今年、決定的なHERCOオリジナルそのままとも言える復刻版が出ました! それが、HERCO HOLY GRAIL PICKです。“英国のハードロックの歴史に戻してくれる”という謳い文句なので、ジミーが使っていた、すなわちドックと同じオリジナルのHEAVY GAUGE(FLEX 75)と同じものでしょう。
役者が出揃ったところで、それらを比較してみましょう。判りやすくするため、3種類のHERCOを横に並べてみます。いずれも輪郭の部分にバリが付いているのがお判りになるでしょうか(素人写真でちょっと見にくいところはご勘弁下さい)? おそらくモールドで一度に大量に作られるのだと思いますが、その際にできたバリでしょう。通常ならやすりをかけて滑らかにするところですが、この辺のアバウトさも、アメリカならではと言うか、HERCOらしさなのかも知れません。カタを持つわけではありませんが、慣れてくると、このバリがまた指にちょうど良い刺激を与えてくれます。また、ギターの弦との絶妙な摩擦を生んでで、音に微妙なニュアンスを与えたりするのだから面白いものです。
表側です。一番左のHERCOが、昔ドックから貰ったオリジナルHERCO。色はミルキーホワイトつまり乳白色です。「NYLON HEAVY GAUGE」と刻印があり、滑り止めのエンボスで囲まれています。真ん中はスタンダードで、刻印は「NYLON MADE IN U.S.A:」。細かい点ですが、なぜか最後のAはピリオドではなくコロンが付いているのが面白い。一番右はホリーグレイルで、刻印はスタンダードとほとんど同じ。色だけが、オリジナルよりも僅かにベージュに近くなっています。なお、ヴィンテージはオリジナルとほとんど同じ刻印ですが、色はスタンダード系のシルバーです。
裏側です。一番左のオリジナルの刻印は「A HERCO PRODUCT」で、HERCOの部分が音符状のロゴになっています。そしてエンボスがありません。真ん中のスタンダードは「HERCO FLEX 75」で、ロゴが円で囲まれています。一番右のホリーグレイルは、スタンダードとほとんど同じ。なお、ヴィンテージはオリジナルと同じ刻印です。
こうして見ると、ホリーグレイルの素材で、ヴィンテージの刻印であれば、全くオリジナルと同じHERCOになったのにと、少々残念な気がしないでもありません。ただし、裏側のエンボスはあった方が確かに滑りにくいので、その辺は単なる復刻版ということではなく、プレイアビリティを考慮した改善と受け止めておきたいと思います。
ここで、扉の写真をもう一度ご覧下さい。5種類のナイロンピックがありますね。実は、プラネットウェイブス(ダダリオ)から出ている「NYFLEX」というナイロンピックの1.00mmです。こちらの表側の刻印もやはり「MADE IN USA」ですが、そう、ピリオドとコロンがありません。しかし、若干薄めながら素材はオリジナルやホリーグレイルに非常に近く、一時大量に購入して使っていたことがあります。その意味では、ホリーグレイルよりも先に、オリジナルHERCOの良さを復刻してくれたナイロンピックと言えるのかも知れません。
実は、もう一つエピソードがあります。アコースティック・ギター・ブックの取材で20年ほど前に米国テキサス州のギターショウに行ったのですが’、その時に出店していた小さな楽器屋さんというよりも個人商店のようなブースでオリジナルHERCOを見付け、10枚ほど買って来たことがあります。言うまでもなく日本では手に入らなかったので、ギタリストや楽器店の知人などに自慢しつつ(苦笑)プレゼントしているうちに、いつの間にか手元には数枚しか残っていませんでした。あの時20枚、いやもっと買っておけば良かったなぁと後悔したものです。
しかし、今ではホリーグレイルがあります。実物を見ていなかったので、取り敢えずネット通販で10枚購入しましたが、多分あと10枚、いや何10枚か手に入れてしまうでしょう。たかがピック、されどピック….HERCOは、私にとっては一生もののナイロンピックなのです☯